患者さんからの問い合わせで、妊娠中・授乳中の服用に関して、大丈夫ですかと言う問い合わせを頂戴します。この事について、考察してみましょう。
結論から申し上げると、使い方を誤らなければ、基本的には大丈夫です。ここで、注意しなければいけないのは、漢方薬に添付されている効能書には、殆ど全ての漢方薬で、妊娠初期・妊娠中の注意喚起が記載されています。しかしながら、良く読むと、「疫学的に証明できるだけの臨床例が不足」と言う文言が添えられています。少し、逃げ口上のようにも受け取られますね。
どういう事かと言うと、要するに、まだ臨床例が少ないので、妊娠との関係性が、まだ良く解っていないので、注意して処方するように。と言う内容を示しています。これは、考えてみれば直ぐ解ります。ヒトの妊娠中の母体に、漢方薬を飲んでもらって、胎児にどのような影響が及ぼすか?を、倫理的にも実験によって研究と証明ができないからです。
しかしながら、漢方・東洋医学は、経験則として3000年の歴史があり、古来よりヒトの身体で、漢方の服用を繰り返してきた経験と歴史による実績があります。
漢方薬の古典として「傷寒論」「金匱要略」には、実は、妊娠中に服用を試みた先人の知見が、多数記載されています。これは、なかなか現代では検証する事が難しい分野なので、とても参考にしたい所です。
こうした古典の中で、先人による妊娠の解釈は、「妊娠病」と捉えていたようです。実は、妊娠を病気の一部と考えていたのですね。これは、どうしてかと言うと、私なりの解釈は、妊娠したら「つわり」が始まって、食材の臭いを嗅いだだけで、吐き気がしてきます。テレビドラマなどで、妊娠した女優さんがキッチンに駆け込んで、オエーッとしている…あの状態です。もし、妊娠が解っていなければ、病気を患っているようにも見えますね。
その為に、古典の記載には、つわりがひどければ、「……丸」とか、妊娠中で腹痛がしたら、「……湯」をお酒と共に飲みなさいとか、妊娠中毒症や不正出血が認められれば、「……散」などと言う教えが、随所に出てきます。こうした、妊娠中に服用を試みて、実際に効果があった漢方の事を「安胎薬」(あんたいやく)と言います。こうした処方例は、赤ちゃんの生育を順調に育ち、流産などの予防にもなったと言う記載があります。こうした処方は、現代においても、妊娠中に処方しても問題ない事が伺えます。
そして、妊娠中に特に注意が必要な事は、下に引き下げる作用のある「瀉剤」(しゃざい)を飲んでしまう事です。下痢をしたり、発汗したりする作用のある生薬は、例えば、大黄には、便秘を治して、お通じを良くしたり、附子や麻黄は、発汗を促します。こうした生薬は、降ろす作用が強いので、姙娠を希望する時期や妊娠中は処方が禁忌に近いです。
この事から、桃核承気湯による下剤作用、葛根湯による発汗作用は、妊娠中には用いない方が良いのです。これは、漢方薬による副作用と言うよりも、誤った使い方による「誤治」に相当します。
同様に、授乳中の漢方服用に関しても、あまり問題はないようです。実は、西洋医学の薬物も母乳中に移行します。しかしながら、その乳汁中に含まれる濃度は、内服した量の1%を越える事はないといわれています。
一般に、乳児は1日500~700mlもの母乳を飲みます。乳児の肝臓における解毒作用、腎臓における排泄作用は、成人ほど発達しておらず、薬物の蓄積性、感受性に注意する必要があります。さらに、乳腺の構造には、網目構造の「こし取り機能」が備わっています。分子量が200以下の水溶性薬物は、膜中の細孔を通り容易に母乳中に移行しますが、高分子化合物は移行が制限されます。漢方薬の多くの分子量は、250~500の間にあり、母乳移行に関しては、容易に素通りできないものと考えられています。
一方、母乳を通過しやすい物の代表例として、分子量200以下の水溶性薬物: アルコール、モルヒネ、バルビツール酸類。高分子化合物:ヘパリン、インスリン、ワーファリン等は、注意が必要でしょう。その点、漢方薬は自然界に由来する生薬で、分子構造も大きいので、殆ど心配する必要がありません。
もし、母乳を与えてみて、赤ちゃんの睡眠時間が長い、むずかる頻度が多い、ぐったりしている、異常な発汗、泣き止まないなどの変化が出る様であれば、早めに専門機関を受診するのが重要ですが、私も漢方処方を取り入れて、23年たちますが、お子様にこのような悪影響が及んだ例は一例も有りません。