歯磨きはいつやったら良いの?医療常識の限界について

突然ですが、ひとつクイズを出します。

「歯磨きをするタイミングは、食後、30分以上空けた方が良い?」〇か×か…

 

答えは、「×」です。

 

チョット待ってよ、数年前の健康番組で、その様に解説していたよ…と、おっしゃる方もいるかもしれません。その通りです。

 

実は、医療の業界における学術的な解釈は、数年の間でコロコロ変容していきます。それは、科学的・政治的なパワーバランスが関係しています。その時に強く影響力を持っている学閥、学派、学説が、重んじられる傾向に有り、移ろいゆくものと私は解釈しています。ですので、今回のクイズの回答も、厳密に申し上げれば、「2018年5月の時点で」と、申し上げた方が良いかも知れません。

 

 

こうした医療常識は、歯磨きだけではありません。例えば、血圧の解釈も同じです。歴史的な流れを見てみましょう。

1960年代の後半、日本中で広く使われていた教科書は、『内科診断学』でした。

「健常者の血圧」として「日本人の年齢別平均血圧」が、算出法と共に提示されています。

「最高血圧=年齢数+90㎜Hg(以下、㎜Hgを略す)」と記載され、この数字よりも低ければ、血圧は正常…という診断法が、当時の主流でした。

 

世間一般でも、血圧の正常値は、150/100と受け取られていました。

 

ところが、1970年代に入ると、世界保健機構(WHO)が、最高血圧を160以上、最低血圧を95以上と規定した事を受けて、日本においても160/95以上を高血圧と改めました。その後、長いこと国際標準となりました。

 

そして、1993年になって、WHOと国際高血圧学会(ISH)が、新しい基準を発表し、血圧の正常値を「最高血圧が140未満、最低血圧が90未満」と大幅に引き下げ、いずれかを超えた時点で、「境界域高血圧」と呼ぶことになりました。

WHOが示す「境界域高血圧」の解釈は、「毎日の生活に気をつけましょう」と言う意味合いだったのですが、日本では、いつのまにか最高血圧なら140、最低血圧なら90の、一方が超えたら→即、「高血圧」となってしまいました。

 

最終的に、2004年、日本高血圧学会は、診療指針を再び改定し、65歳以上の高齢者については、「降圧目標値」(下げるべき数値)を従来のグレーゾーンの「140~160」から「140未満」に引き下げましたが、奇妙なことに、「この目標値が妥当かどうか、現在のところエビデンス(証拠)がない」とも記述されています。

以上のように、未だに本当の所は解らずじまいなのですね。

 

翻って、歯磨きを行うタイミングです。

食後、30分したら歯磨き…の信憑性について。口の中の環境は、非常に個人差が多いので、この学説が当てはまる人と、そうでない人がいる事を知る必要があります。

 

そもそもこの学説は、食後の酸性とアルカリ性に傾く、口内環境の変化に由来しています。食後、口腔内細菌類が、飲食物に含まれる糖をエサとして増殖します。その際に酸性物質やネバネバ物質、臭い物質を生み出します。そして、この酸性に傾いた状態が、歯のエナメル質が溶かすと、歯の表面に脱灰(だっかい)と言う現象が起き、歯の表面がキズついてしまいます。

 

この酸性物質にさらされた状態の時に、歯の表面をゴシゴシ磨いてしまうと、さらに、脱灰が進む事から、その時期に磨かない方が良い…との考え方を基盤として、食後、30分は磨かない方が良いと言う学説の根拠になっていきました。

 

実は、食後の口腔内は、唾液の分泌により、ただちに中性に戻ります。これを、唾液の緩衝能と言います。そして、中性に戻る過程で、溶け出ていた「リン酸イオン」「カルシウムイオン」は、再び歯に戻り始め、再吸着をします。これを再石灰化といいます。

 

そして、この中性に戻る時間が、おおむね30分程度と思われていたのですが、近年の報告で、もう少し早く緩衝能が働いているのかもしれない事が解り、現在の所、すぐに歯を磨いても大丈夫…と言う解釈の方が、やや優勢になってきています。

 

一方、酸性の飲食物の連続摂取や胃酸の逆流によって、歯のエナメル質が溶けて薄くなる「酸蝕症」の人の場合は、やはり、食後30分〜1時間の間、エナメル質が非常に脆くなっている可能性が大きいので、すぐに歯磨きをしない方が無難です。酸蝕症の人は、口腔内を中和させる方法として、単純にうがいも一つの方法なので、胃酸が込み上げてくる方は、食後、うがいを励行しておくと良いでしょう。

 

【酸蝕症について】

酸蝕症について、もう少し詳しく解説しておきましょう。

 

●その原因は、

1.清涼飲料水の過剰摂取、拒食症、過食症による自己誘発性嘔吐

2.健康に良いとの考えから、酢、クエン酸やワインの過剰摂取

3.酸性の内服薬(ビタミンC,アスピリン)の長期服用

4.胃食道逆流症、などが考えられます。

 

●鑑別点は?

酸蝕症の人は、常に歯の表面が溶けている状態なので、例えば、こんな状態をイメージしてみて下さい。レモンや梅干を食べる、ビタミンC飲料やワインを飲んだ後に、歯の表面が、「キシキシ」「ギシギシ」した感じがあると思います。実は、この時、一時的にエナメル質が溶けて、「スリガラス状」になっています。あの状態が、食後、何時間も続くようでしたら、酸蝕症を疑っても良いと思います

 

数年放置すると、歯の表面の形態が、明らかに溶けて本来の解剖学的な形態から逸脱してきます。一旦エナメル質を突き破ると、象牙質の方がさらに酸に弱いので、象牙質の方から浸食が進み、「モナカ」のように、硬いエナメル質の壁は残り、その中に有るはずの象牙質がくり抜かれた状態になってしまいます。最終的は、壁として残ったエナメル質も瓦解し、歯の全体が崩れて、根っこだけになってしまいます。

 

●上記の様な、酸蝕症に該当しなければ、食後、すぐに歯磨きをしても大丈夫…と言うのが、現時点での有力な学説になっていますので、ご安心下さいませ。