医療分野と人工知能AIの導入について

現在、急速に進化しつつある医療分野は、「人工知能医療」です。人工知能はArtificial Intelligence(AI)と呼ばれ、既に将棋の対戦ソフトやスマホの音声解析にも応用されています。そして、プロ棋士とAI将棋が対戦し、ここ数年で、プロ棋士が殆ど勝つことが難しいようになって来ました。それが、近年、急速に医療の分野にも進出してきています。そして、今まで畑違いと思っていた、グーグルやIBMなどの大手IT産業を始めとして、われ先にと目の色を変えて、ベンチャー企業も続々と参入しています。

 

もしかすると、一人の患者さんを前にした時、どんな漢方薬を処方したらよいか?AIが考えてくれる時が来るかもしれません。もう、「私だけが出来る名人芸」は、通用しない時代が、すぐそこまで来ています。

 

実は、AIの重要なベースになる部分は、深層学習(ディープラーニング)という技術です。

 

深層学習とは、コンピュータに膨大な量のデータを記憶させ、そこに潜む、何かの法則性やルールを見つけ出す方法で、それを「コンピュータ自身に生み出させること」です。

 

最も初期の時代に、例えば2012年にグーグルは、コンピュータに猫の画像を1000万枚見せて、深層学習によって、猫顔を識別する能力を持たせることに成功しました。これは、コンピュータ自身が、「猫らしいものを見分ける手順」を、自ら身に付けた事を意味しています。

 

同様の手法で、もし、猫の画像の部分を、癌が写っているレントゲン画像に置き換えてみたらどうでしょう?

 

これをAI医療と言います。現在もっとも研究が進んでいるのが、深層学習の技術を応用した画像診断支援です。コンピュータ断層撮影法(CT)や核磁気共鳴画像法(MRI)などの画像を大量に学習させることによって、猫画像と同じように、AIに、これは「癌かもしれない」と言う特徴のある画像を、自動的に識別する事が可能になりました。

 

画像診断のAIだけにとどまらず、最新の報告では、例えば、米国食品医薬品局(FDA)は、手首の骨折を検出する論理的思考を備えたソフトウェアの販売を認可しました。イマジェン・オスティオディテクト(Imagen Osteo Detect)」と命名されたこのソフトは、手首のX線画像の中で骨折部位に目印を付けます。既にヒトが診断するよりも、上手く特定できるようになってきています。さらに、FDAは、眼科で用いるAIの診断装置や、ヒトの重篤な発作を検知する深層学習のソフトウェアも認可しています。

 

最終的な診断を下すのは、まだ医師に委ねられていますが、AIが介入する事で、

診断の精度や効率は飛躍的に上がっていきます。

現在、多くの企業や大学病院で、心臓病、がん、網膜への応用が推進され、画像診断ではAIが人間の能力を上回っていると考えられています。

 

それでは、画像ではなく、過去の研究報告や論文を、AIに深層学習させたらどうなるでしょう?

これからは、先人の取り組んだ成果が、診断への役に立つ時代が、急速に高まるでしょう。

 

そして、現場ではもう一歩進んで、AIに「予測」や「介入」までも視野に入れて、臨床応用を検討しています。

 

AIに生活習慣病における、患者の過去の健康状態や治療の履歴と、現在の状態を入力させて、今後の経過を予測し、最適な治療方針を提案させるのである。さらに、将来、このように病状が進行していくという予測まで解析出来るようになっています。

さらには、「この患者さんは、治療に積極的ではないな…」と、AIが判断した時には、「薬を正しく飲んでいますか?」など、より強いAIの「介入」がパターン化されていくでしょう。

 

●冒頭でご案内した、AI将棋に関して、永世名人、羽生善治さんが、面白い事を述べています。

 

「私は、大局観として将棋全体の美意識を重要視しています。」

 

どういう事かと言うと、勝つ時も、対戦相手との共同作業として、綺麗な差し手で棋譜を作り上げたいと言う事です。負けた相手にも、美意識をもって美しく敗者にしてあげる…と言う事です。真剣勝負の居合抜きでも、一刀両断のごとく、切り口鮮やかに、スパッと勝負をつける…そんなイメージでしょうか?

 

AI将棋は、確かに強くなりました。でも、未だに羽生さんの様な、美意識までは持ち合わせていません。もし、それが最良だと結論を導き出したら、汚い手でも、AIは平気で差し手を打つでしょう。

 

羽生さんは、こうも指摘しています。「過去、400年の将棋の歴史が、深層学習されているとしたら、過去にすたれてしまった古い差し手も、リニューアルして、全く新しい手順が出てくるかもしれない。」とも説いています。AI将棋から始まる、新しい将棋の未来も予見しているのですね。

 

でも、ここまでブログを書いて来て、根本的な問題に行き当たります。

「なぜ、ヒトは、AIが指摘する結果を、正しいと信じてしまうのか?」

この部分が、全く解決していません。

 

こうした背景には、人間が言うと間違って聞こえる事でも、AIが指摘すると、何となく正しいと思ってしまう…人の脳認識の限界が隠れています。なぜ、機械が物申す方が正しく受け止めてしまうのか?これは、人類がコンピュータを、この世界に生み落としてしまった時からの永遠のテーマでしょう。キーボードの「A」を入力すれば、ディスプレイには、必ず正しく「A」の文字が表示される…と言う約束事から、全てが始まっている気がします。

 

そして、羽生さんは、このAIでも解らない、その先の思考を「水平線効果」を説明しています。海辺に立って、見える部分までは、確かに多くの選択肢が確認できますが、例え、AIであっても、水平線の向こうの領域の、まだ解っていない部分が確かに存在している事を、羽生さんは暗黙で気付いているのだと思います。

 

 

実は、そんなことを象徴する対決が有りました。プロ棋士とAI将棋ソフトによる、5対5の団体戦「将棋電王戦FINAL」の第2局、永瀬六段対Seleneの対局の時に、それは起こりました。

今大会の事前のルールとして、当日使用されるソフトを棋士の方は事前に借り受け、本番の前に「予習」が出来るように配慮されていました。その中で、永瀬6段は、AIのプログラム上の問題点を探し出しました。

 

 画像は、日本将棋連盟から引用

https://www.shogi.or.jp/event/2015/03/final2_1.html

 

 

一般的には、自分の駒が、相手陣地に入ると「駒が成る」事で、さらにパワーアップして戦況を有利に進めるのですが、あえて、永瀬6段は、「角成らず」を選択しました。AIはこれを認識できずに、反則負けになるという異例の結末を迎えました。

 

コンピュータ将棋AIソフトは、無駄な手を読む事をはぶいて論理展開をするように「しつけられている」ので、この悪手ともいえる「成らず」を理解できなかったのです。

 

この手を指した直後に、永瀬6段は、「角不成りを認識できないと思います」「放っておくと投了するかもしれません」と解説しました。案の定、時間切れでAIは投了して、永瀬6段の勝利となりました。

 

この話には、さらに「オチ」があります。永瀬6段は、自分が発見したこの「バグ」をいつ出すか?を熟考した時に、ナント、既に勝負の形勢が自分に有利に傾き、雌雄が決したタイミングを見計らって、その一手を指したのです。何と言う配慮でしょう。

 

AIに対して、美意識をもって、「情け」をかけたのです。

 

対局後の感想戦で、永瀬6段は、終局後、大盤解説会場で、詰みへの読み筋の手順も実際に披露していました。

カッコ良すぎるぜ…永瀬6段!

 

医療の分野でも、もしかしたら、過去のデータしか入力されていないAIでは分析できない、見た事も無いような、新しい現象が起きるはずです。むしろ、AIがパンクしてしまう位の事象にこそ、科学的な新しい大発見が隠れているのかもしれません。もし、AIだけに頼っていたら、世の中を変えるような新しい将来は、未来永劫、全く出て来ない事になります。

 

将来、AIが院長に進言するようになり、「もしかしたら、こっちの治療方針の方がベストかもしれませんよ…」と、アドバイスしてくる日が、もうそこまで来ているのです。その時に、それを信じるかどうかは、最終的には、ヒトが判断する…その一線だけは、超えないようにしていきたいものです。

 

私の現在の臨床スタイル…「口臭を、漢方処方で治療する」ことについても、是非、AIにその是非を聞いてみたいものです。