先日、車で移動中、カミさんがガムを噛んでいる時に、
「アレ?…ガムの中にゴロゴロする物がある…」と言う事で、
口の中からより分けて出すと、歯に充填した修復物でした。本人曰く、
「40年位前に治したもので、アナタが治療してものでは無いと思うわ…」と言う事で、翌日、カミさんを治療する事になりました。
脱離したものをよく見ると、写真の様な…金色に光るゴールド・インレーでした。
私は、実の親・カミさん・子供など親族の治療をするのが、あまり好きではありません。何故かというと、親族が患者になると、本人の気の緩みもあると思うのですが、麻酔する時も歯を削る時も、いちいち、
「エェー、何これ?大丈夫?、痛くしないでね」とか、診療中の思わぬ時に、
「ちょっと待って、鼻かむ」などなど、話に横槍を入れてきたり、急にガバッと動いたりするのです。
医療従事者として、踊りを舞う様に・楽器を奏でるように、一連の流れをスムーズに淀みなく完了したいのに、親族が患者の場合、そのペースを乱されるのです。
今回も、「寒いので、ひざ掛けを頂戴」「その薬は何?」「なんか…すごく口の中が苦い」「ティッシュペーパー頂戴」などなど、その度に、治療が中断してしまいます。
でも、後でよくよく考えてみたら、それって、普段、他の患者さんも頭の中では考えているけれど、なかなか言い出せない…『心の声』を聞く事が出来なのではないか?と、思うようになりました。
それ以降、同じような状況になった時に、サッと、ティッシュペーパーを患者さんに差し出したり、今まで以上に、これから行う治療行為の説明と理解(インフォームドコンセント)に努めるように、臨床スタイルを変更しました。
【治療方針の考察】
さて、治療をどのように進めてくか?
まず、脱離した充填物を見てみました。ナント、ゴールド・インレーが装着されていました。歯科用金属のゴールドは、純金ではありません。18Kと20Kがあり、銀や銅などを混ぜた合金です。
臨床経験、35年から得た知見ですが、歯科には、色々な充填素材がありますが、私は、未だに、その色さえ気にならなければ、「金」が最も適した施術であると断言しても良いです。
一方、近年、オールセラミックも台頭してきています。
セラミックは、ヒトの歯のエナメル質と同等の組成を持っているので、身体との親和性も良いのです。
【それぞれの利点と欠点】
●金合金の利点
1.これは何と言っても、耐蝕性でしょう。金は、ツタンカーメン王の仮面でも解る様に、サビや腐食に耐えて、長年安定した形状を保ちます。他の充填物の場合は、酸化膜と言うサビが出てしまう事があります。すると、表面性状が脆くなって、時として、金属素材が細かく破折する時があります。こうなると、その隙間に虫歯菌が侵入して、「二次カリエス」と言う、新たな虫歯を作ってしまう事があります。こうなると、お口の中で長持ちしません。
2.展延性がある。これは、お酒や食器などに貼り付ける「金箔」をイメージしてみて下さい。金は、叩かれればどこまでも薄く伸びていく性質があります。もちろん、口腔内では、純金は柔らかすぎるので、程よい硬さに調整する訳ですが、毎日の咀嚼で槌打される毎に、潰れて馴染んで、噛み合わせのバランスを取ってくれます。さらには、細かい隙間にも、その展延性の特性で、ジワジワ隙間に行き渡る事で、二次カリエスも予防してくれます。
3.身体に為害性が少ない。お酒やスイーツなどに金箔が入っている物があります。金は食べてしまっても大きな弊害がありません。口腔内に装着されている金属も、僅かに溶けだし、身体の中に取り込まれています。歯科用金属も長い歴史があり、安全性は認められているのですが、アレルギー体質の人は、症状が出てしまう時があります。近年指摘されているのは、「掌蹠膿疱症」(手や足に出てくる水疱状の皮膚疾患)は、歯科用金属との相関が指摘されています。
●金の欠点
1.これは何と言っても「色」でしょう。ニコッと笑った時に、金ピカの色が覗いてしまったら、少し気になってしまいます。
2.他の金属と触れると、「ガルバニー電流」が発生します。実は、異種の金属同士が触れ合うと、イオン化傾向の違いにより、微小な電位差が生じる時があります。アルミ箔やガムの銀紙を舐めたりした時に、お口の中で感じる、ピリピリしたような、酸っぱい刺激の「アレ」です。この微小な電位差が気になって仕方がない方がいます。頭痛やめまいを訴える方もいます。そんな時は、金の方を外すのはもったいないので、対合する異種の金属を外して、同じ組成の金に差し替えるか、歯の設計によっては、樹脂製ものに取り換えていけば、ガルバニー電流は起きなくなります。
3.投資目的の金価格が、年々上昇傾向に有る様に、ゴールドを歯科用に用いる場合には、金自体の価格も考慮に入れなくてはなりません。奥歯で、大き目の充填物であれば、10万円以上になってしまう場合もあります。
●セラミックの利点
1.生体親和性が良い。セラミックは、ヒトのエナメル質と同じ特性を有しているので、金属アレルギーを抱えている方には、非常にマッチした素材です。
2.CAD/CAMの導入で、品質の良い物が可能になった。近年、歯科領域にも、自動車部品の設計と同じように、CAD/CAMの技術が導入されています。専用のカメラで歯の形を取り込み、パソコン上で設計をして、サイコロのようなセラミックブロックから、削り出しマシンを使って、精密に目的の形に削り出す技術です。従来のセラミックは、セラミックパウダーを筆で盛り付け、専用の炉で焼成して形にして行きましたが、技術革新により、現在はあまりこうしたセラミックは、無くなってきています。
3.色が審美的にキレイに仕上がる。これが、ゴールドとの決定的な違いです。歯の光沢感、透明感、色の微妙な変化によるグラデーションなど、歯の色の再現には非常に自由度があります。
●セラミックの欠点
1.設計を誤ると破折するリスクがある。柔道の選手みたいに、咬む力が非常に強い方、歯ぎしりの癖のある人など、セラミックの厚みが確保できない症例では、時として、セラミックの破折をきたす時があります。殆どの場合は、セラミックの厚みを確保できるように設計を変更すれば、偶発症は防ぐ事が出来ます。
2.保険診療ではカバーされていない。近年の保険診療の改正で、CAD/CAMが導入されましたが、ハイブリッドセラミックであり、樹脂素材との混合になります。また、算定要件にも制限があるので、全ての歯に対して施術できない背景があります。オールセラミックを行う場合は、自由診療扱いになり、コストは、5~10万円程度かかります。
3.差し歯の症例で、土台に金属素材が使われていると、適応できない場合がある。セラミックは、非常に透過性が良いので、下地の色が、表に反映されてきます。キレイに作っても、土台に金属が用いられていると、完成した後にグレー色にボンヤリと金属色が透けて見えてしまいます。このような時には、土台を外して、歯の色と同じ白い土台に置き換える事で、審美性を回復させます。
【結局、カミさんには何を選択したのか?】
前回がゴールド素材だったので、今回は、セラミック素材を選択してみました。当院では、医院内にCAD/CAM設備を設置してあるので、
歯を削る→型取りをする→画像に取り込む→コンピューター上で設計→削り出し→仕上げ
この一連の行程を、「外注に出すことなく」、全て医院内で完結できます。
翌日には、装着して経過観察に入りました。
医院内にセラミックを作る設備があると言う事は、例えば、
「明日、七五三の写真と撮らなければいけないのに、よりによって、今日、前歯の差し歯が取れた!」と言うアクシデントが起きた時でも、
1日2度来院治療で対応が可能です。
午前中に、土台作り、形の整え、型取り、仮歯までを終えて
午後に、セラミックを用意、装着、噛み合わせの調整までの一連の行程を完了させます。
外注に出さなくなったので、こんなご要望にも答える事が出来るようになりました。
さて、カミさんの症例ですが、
● 下図の写真が、脱離した状態の模型です。
● それを、専用のCAD/CAMで取り込みます。
● 画面には立体的に構築された3D画像が表示されます。
● トラックボールで動かすと、手で持って観察するように、グリングリン動きます。
● 設計線を書いて、機械に形を作らせます。
● それを、専用の削り出し用のミリングマシンに切削をさせれば完成です。
当院では、13年前から導入してきました。この機種の初期モデルは、「ジャガイモ」みたいな物しか出来上がらなくて、デンタルショーなどでデモ機を見た時でも、まだまだ、臨床には導入できないな…という評価でしたが、モデルチェンジを繰り返すごとに、みるみる性能が上がってきました。
「もう職人の様な…私だけが出来る名人芸」は、歯科の分野でも、過去のものになりつつあります。
前に担当した先生が作ったゴールドインレーは、40年間持ちました。私が作ったセラミックが何年持つかは解りませんが、カミさんも来年私と同じように還暦になります。40年持てば、ちょうど100歳です。
人生、100年時代と言われています。何とか長寿を維持して、セラミックが何年持つのか?見届けてみたいものですね。