先月で、ドロドロ血体質の時は、左下腹部に痛みが出る…と解説しましたが、患者さんからの問診事項の中で、
「肋骨のあたりに凝りがある」という問い合わせを頂くことがあります。
先月に引き続き、日常臨床で役立つ、お腹に表れる身体の変調について考察してみましょう。
これは、実際に私の身体にも出てしまった兆候なので、思い出深いと同時に、自分での身体の事ですから、一番勉強したりもしました。
「胸脇苦満」(きょうきょうくまん)についてです。
先月のブログで、鍼灸の学校に通っていた時に、「腹診」の授業の時に、学生の中で、典型的な所見が出ていると、その日はサンプル患者になり、同級生の皆にお腹を触られる…と述べました。
実は、私は、この胸脇苦満の時に、実験台になりました。
この変化は、いわゆる「柴胡証」(さいこしょう)と言って、生薬の中で、柴胡剤を使うための指標になるお腹の硬結です。
具体的には、左右にハの字に広がる肋骨の最下縁の部位に手を当て、やや上方(頭側)に向けて、グイっと押し込んだ時に…
「鉄板が身体の中に入ったかのように、バリバリに硬くなっている所見です」
当時の私は、夜間専門学校の通学と、子供の世話と歯科診療の掛け持ちで、睡眠不足で過労気味でした。テストもパスしなければなりませんし、医院では、保険請求など事務仕事などもしなければならず、多忙でした。
いつの間にか、眉間にシワが寄り、鋭い目つきになっていました。カミさんからは、
「アナタ、どうしてそんなに怒った顔つきをしているの?」と、指摘されますが、自分では全く気が付かないのです。例えば、日常生活の中で、こんな生活習慣をイメージしてみて下さい。
●謝金取りに追われていて、明日までにお金を返さなければいけない
●資格試験を1か月後に控え、昼夜を問わず緊張しながら、勉学に明け暮れている
●妻と離婚の係争中で、常に気を病んでいる
このような、何かに追われている心理状態の時に、人は、どのような姿勢になるでしょうか?
恐らく、常に「前のめり」に傾くはずです。
ふんぞり返って余裕をかます程の心理状態ではないのです。
常に何かに追われて心配な状況が続くと、ヒトは自然と前のめりになっていきます。
そうなると「腹筋」が過緊張になります。肋骨下の筋肉が張ってくるので、硬くなってしまうのです。
胸脇苦満の方を問診すると、大なり小なり緊張した日常を過ごし、常にプレッシャーを感じていることが多いです。
例えば、歯科医院の日常臨床でも、この体質の方を、簡単に見抜くことができる時があります。
患者さんが診療台に座り、簡単な挨拶を済ませ、気分をほぐす為に、時事ネタで談笑します。
その後に、「それでは、背もたれを倒しますね」と、断りを入れて、電動でバックレストを倒していきます。
その時に、
背もたれから自分の背中を浮かせて、一所懸命自分の腹筋を使って、体を前のめりに起こしている方がいます。背もたれに自分の身体の体重を、安心して預ける事が出来ないのです。
それに続いて、さらに人間観察をしてみると、両腕は肘掛けをガシッとつかみ突っ張っています。腹筋だけではなく、腕の筋肉も使って、必死に身体を起こして、抵抗しているのです。
この写真と真逆になり、表情からは笑顔が消え、頭の安頭台から浮き上がっています。
そんな方に、さりげなく、
「最近、何か不安を抱えていたり、大きなプレッシャーを感じていたりすることはないですか?」と、問診をすると、
「えっ、先生、どうして、そんな事が分かったんですか?」と喋った後に、堰を切ったように、自分の置かれている状況を話し出します。
それからと言うもの、私は10分くらい「聞き役」に徹して、患者さんの身の上話を聞く流れになります。もう歯医者さんではなくて、殆ど、人生相談、占い師のような仕事ぶりになってしまいます。
胸脇苦満は、漢方の世界では、以下のように解釈しています。
胃もたれや慢性胃炎、肝炎など、横隔膜をはさむ胸郭内や腹腔内の炎症性病変が起きた時に、「体性反射」として、肋骨下部の筋肉に緊張が出てくるのです。
内臓で起きた変調が、身体の表面に、シグナルサインとして出ているのです。
東洋医学では、この所見を「肝気うっ結」とよばれています。
この変化は、前述したように精神的なストレスや鬱傾向でも出てくるので、精神疾患との相関もあります。漢方による治法は、疎肝解鬱の効能のある「柴胡」を含む生薬構成を考えていきます。肝の緊張ほぐし(柔肝)、肝血を疎通させることが目的です。
実は、この柴胡には、抗炎症作用と精神の加緊張を緩和する作用があり、この体質の方にピッタリなのです。
随伴症状として、眉間のしわ、口が苦い、不眠、耳鳴り、ため息、クヨクヨ物事を考える、決断力が鈍る、口渇、地図状舌などが現れてきます。
日常臨床の中では、とても重要な所見です。